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やっと・・・・・・・・・・・・・・・・。

 投稿者:yestadayメール  投稿日:2007年 1月 4日(木)05時45分13秒
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  薬を飲まないと<誰かに見られているのでは・居キョドていないか・幻聴があります状がはっかくしてから半年間、家の自分の部屋で引きこもっていました。

子供達は凄くなついてくれ楽しかったが、
その上司(おばさん)は私にとっては未知の場所で頑張った。

そこで良かれと思った事をしたら、子供達や女性主任教諭の前で
「余計な事しないでよ!!!!!!!!!!!!」と言った。どうやらストレス発散の対象にしか見えなかったのだろう。
その場での女性上司の「何も無い・何にも聞こえなかった」という
態度に‘男‘としてのプライドはボロボロになりまいた。
さすがの私も激怒し心のタガははずれそのおばさんに大声で怒鳴ってしまった。その後主任に話があると言い、話し合った。
同じ様な事がありなくなく辞めていった女性は何人もいた。
問いをぶつけたらその結果が「園長には言わないでくれ」だった。
愕然として私の命を縮める事があった。
2005年の10月(平成18年)どうもせきが激しく、体重がみるみる減っていったのだ。
幼児園の両親に心配をかけるから「休みをとっても良いから病院へ行きなさい」との事。いざ行ったら肺炎球菌と悪性の
胃潰瘍と診断された。
まぁ良い生き延びれるだろうと思ったら、どんどん症状か悪化した。
もうその頃から病状は悪化しまくり。
そして白百合の卒園式・・・晴れの舞台でもそのおばさんのストレス発散絶好調~。
お母様方から「○○先~生、写真を撮ってくださ~い」と言われ、「あっ○○さんも一緒に写りましょうよ」が何回もあり、僕はシャッターのタイミングをみはからった。
しか~しそのおばさんは母親がいるから丁寧で大きな声で「はやくこっちもヤッテクダサイヨ」との事。後でやるせなかった!!
ただ花が入った花瓶を教会から幼児園に持って行くそれだけの事。
それだけで大声でいうか?どこかのそうおばさんとしか思えなかった。

お母様達には物凄く記念な日というのが、分かっていたから
そのおばさんの声はあえて無視して「はい少し待っていてください」といって、
やり過ごしたがその後幼児園では<タバコは
吸ってはいけない>と言われ昔から幼児園の裏側で吸っていた。
そして待ち時間があったのだが、俺自身鬼の様な形相をしているのが分かり園長もいて、その部屋に戻らなくいては
ならない・・・タバコの臭いは香水でごまかしていたが、当然分かる・・・その中でタバコを吸いに行った。
ドキドキものだった。父兄参観でもその前で言われたなん
それから白百合幼児園を辞めてからが大変だった。
プライドはズタズタ1年間で精神力を使い果たした。
ただ働いていた時・考えていたのは「子供達の幸せ」「生きる権利」「力仕事」「おばさんからのストレスのはけ口」みずから言っていた。「紹介してくれた人の為・その人の面子(めんつ)上司からの評価」を気にして、男として1年間まっとうした。
そして俺は今、病状の最悪の日々・・・。
俺は将来どうなるのだろう?

35才で病状(まだ治らない)そして社会復帰は
何時になるか・・・。

しかし白百合幼児園で子供達・先生達と過ごした1年は今後物凄い自分にとって最高の出来事だろう・・・。

人生苦しみの中から何かをあがいて・あがいてあがきまくるそして見付ける・・・それが人生だと思いました。
 
    (-けれん-)  文面から察するに、大変なご様子でしたね。35歳とのこと、私もあまり変わらない歳ですが、自分でもいろいろなことが起こってくるんだなと感心しています。
 歳を取ればまた視野も広がるでしょうし、良いこともあるとよく言われますが、この病気に限らずそれはあてはまると思います。時間を味方にできるよう努力しています。人間万事塞翁が馬で、何が幸いなのかは分からないですよ。そう思います。
 
 
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